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■1 うなぎで有名な牛久沼! なので、国道6号線はうなぎ街道!!
国道6号線(水戸街道)を取手方面から牛久に向かって走っていくと、牛久沼の畔に出ます。そのあたりは道路の両側に桑名屋、伊勢屋、水神屋、牛久亭、鶴舞家、小名浜屋、山水閣そして寺田屋と、うなきを食べさせてくれるお店が続きます。ひと呼んで「うなぎ街道」といってます。ご存じですか。
今回は寺田屋さんでうな丼を食べてきました。
丼のふたを開けると、備長炭で焼き上がったほくほくの鰻がどんぶりの上にのっていました。
山椒をふりかけパクリといただきました。
たれのしみたご飯と柔らかい鰻がお口の中で程良く混ざりあってから
ゴクリ。
うな肝のお吸い物をズズズッといただいて、時折ぬか漬けのお新香もカリカ
リ、モグモグ。
食べ終わったら熱いお茶をすすって「アーッ」と言ってしまいました。
さらにデザートにフルーツをいただき1600円のオイチー体験でした。
また、美人若女将の寺田恵子さんから、牛久沼はうな丼発祥の地ということを教えていただきました。パンフレットをいただきましたのでご紹介しましょう。
■2 「うな丼発案者大久保今助と牛久沼」
江戸時代後期に江戸日本橋堺町に芝居の金方(資金を出す人)で、鰻の大好きな大久保今助という人物がいた。その今助が故郷である現在の茨城県常陸太田市に帰る途中、水戸街道を牛久沼まで来て、茶店で渡し船を待っているときに鰻が食べたくな
り、蒲焼きとドンブリ飯を頼んだ。 ところが、注文した品が出てきたとき「船が出るよー」の声。今助はドンブリと皿を借り、ドンブリ飯の上に蒲焼きののった皿をポンと逆さにかぶせて船に乗り込み、対岸に着いてから土手に腰をおろして食べたところ、蒲焼きが飯の温度で蒸されていて、より柔らかくなり、飯にはタレがほどよくしみこんで、これまでに食べたどこの鰻よりもうまかった。
というわけで、そのことを知った茶屋が「うな丼」を売り出 し、やがて水戸街道の名物になりました。(ゴロちゃん)
牛久沼ミニ情報
牛久沼はエンジン・ボートが禁止になりました。
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